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help リーダーに追加 RSS 人生の金メダル−奉仕と仕事の両立−《公開編》(8) 連載/日本初のレンタカー業のスタート。高校入学

<<   作成日時 : 2009/07/05 04:53   >>

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拝啓  首都圏にお住まいの「旬な女(ひと)」・子離れ定年世代の皆様へ

日本初のレンタカー業のスタート。高校入学

2009/07/05 エブリデーブログ≪筆者の自伝的プロフィール≫ 一挙公開(8)
お客様は毎日ゼロベース。当時の筆者にはマーケティングすなわち営業などという考えは及びもつかず。すべて渉外課の課員さんが行ってくれるものと信じていました。その努力もされたようですが専任者はおりませんでした。毎日、洗車、ワックスがけ。車両点検の必要もなく、ひたすら来客を待つ毎日でした。当時の筆者には無責任にも車両管理責任を全うすればよいという幼稚さ。事業に取り組むといった責任感もなく、かといって悲壮感もない。毎日、車の手入れ、時折、車の便利さが社内に流れ、連絡業務と称し都心まで依頼者を乗せ運転して出かける。都心の変化、地理を覚えるに恰好の仕事、後に都内・近郊の地理はほとんど覚えてしまった。

この貸自動車業は、世界一のレンタカー会社・ハーツ・レンタカーとの提携で始まったもので、世界はすでに空港でレンタカーを借り、ビジネス、観光にと活用されていました。日本は純国産車が初めて街を走りだした時代、自動車免許取得者もまだまだの時代でした。

定時制高校入学
1958(昭和33)年、4月、計画、約束通り高校入学を目指しました。詳しい学区など理解できずにいると、これもいつのまにか入学予定の学校が決まり、無試験入学(当時でも夜間の定時性は受験希望者が多かったと推定します)。どんなつてがあったのか、会社からバスで30分、下車して徒歩10分ほどの大田区内の高等学校。入学式がふるっています。二人の親代わり、保証人が筆者の運転する車で、しかも4年遅れの生徒。いぶかしく見られる目を気にしながら会場の体育館に入り、無事入学式を終え、車で帰る。奇妙な光景は異様に映っていたようです。
勉強は好きなのですが、予習・復習の時間がなく(弁解)、成績振るわず、出席率は最悪。正直、これで将来大学はあるのか、自分でも首をかしげたくらい。先生方には大変ご迷惑をかけました。呆れていたことでしょう。
オリンピックではありませんが、参加することに意義があり,成績などは二に次ぎ、などと鷹揚に構えていました。良い時代でした。(国際空港は24時間、365日休みなし。つい気負いが先に立ち毎朝7時台には出社、夕方から高校、寮に戻るのは9時台。自分も休日に休んだという記憶あまりありません)


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第93039号 エブリデーブログ≪筆者の自伝的プロフィール≫ 一挙公開(8)

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